「ハウスオブグッチ」インテリアの見どころを現役スタイリストが解説!の記事では、話題の映画「ハウス・オブ・グッチ」のインテリアの見どころについて解説をしました。
今回は、各シーンのセットをデザインしたベテランクリエイター達の30分余りのインタビュー動画のポイントを翻訳し、まとめました。
コロナ禍での撮影場所探しから、プロップ探し、タイトなスケジュールでの苦労などなど・・・それはそれは気の遠くなるような撮影秘話を語っています。
セットをデザインしたクリエイターたちの声は学びの宝庫。
私にとって映画鑑賞は趣味であり仕事なので、アメリカのセットデコレーターの専門サイトSETDECORを参考にしています。
中でも、セットデコレーターへのインタビュー動画は現場の生の声として貴重であり学びの宝庫です。
規模は違えど、広告の空間デザインにも非常に役立つのです。
インタビュー動画を見る前に、予備知識をお話ししておきますと・・・
映画のシーン作りでは、
映画に合わせたビジュアルコンセプトを決める「プロダクションデザイナー」と
実際に装飾品を選別したり、デザイン制作をする「セットデコレーター」
がパートナーを組むのが通常です。
「ハウス・オブ・グッチ」では、プロダクションデザイナーはベテランのアーサーさん。
セットデコレーターはロケ地がイタリアだったので、イタリア人女性のレティツィアさんが選ばれました。
アーサーさんはリドリースコット監督と旧知の仲であり、レティツィアさんと組むのはスコット監督の前作、
イタリアで撮影された「All the money in the world」 以来2度目だそうです。
監督の性格の話など本音トークが炸裂していて非常に面白いインタビューです。
全て英語で翻訳がありませんので、ポイントを要約して解説していきますね。
セットデコレーターの役割。スコット監督や撮影監督とどのように進めていったのか。
インタビュー動画はこちら。
SETDECOR ORG.
長年リドリースコット監督と仕事をしてきたアーサーさん曰く、スコット監督は必ず撮影現場に顔を出し、微細に指示を出すタイプ。
また、準備までの時間が短く変更がききにくいので、そのスタイルは昔から変わらない、とのこと。
準備はストーリーボードが頼りで、青写真としているそうです。
スコット監督からのスケッチにはあらかじめ必要なものは全部書いてあるけれど、当日の朝やってきて、”こんなものはないかな?”と、全く準備品に入っていなかったものをずっと言い続けていることもあったとレティツィアさんは苦笑しています。これは世界共通の現場あるあるみたいですね。
スコット監督はセットをその時代の博物館のようにするのを好まないタイプで、アーサーさんたちは細かい小物類(例えば1970年代のポップコーンマシーン)よりも、全体を大きく捉えた、形の良いシルエットのものを作ることを重要視したとのこと。
形が物語ってカメラがそれを捉えるように、さらに俳優の導線も考えながらデザインしたそうです。
また、元々ステージ照明にも知識のあったアーサーさんは、撮影監督のウオルスキー氏とも旧知の仲であり、光へのこだわりについても共同作業で進めていたそう。
ウオルスキー氏は布の質感や色、ブラインドまでも気を配り、特に窓からの光は重要で窓の向きや窓を開けたりして光を調整していたとか。
室内の撮影では、ランプのセレクトもウオルスキー氏と一緒に選び、色温度にも注意を払ったそうです。
監督の好みや性格、特徴にも合わせた機転や臨機応変さは、クリエイターとして起用され続ける秘訣であり、
チームワークで動くどの業界でも同じことなのかもしれません。
また小物の視点では、レティツィアが、ヴィンテージテレビの映りのエピソードを話しています。
本物のヴィンテージテレビは壊れていて映らなかったり、シグナルが悪かったりなので、外枠だけをヴィンテージテレビを使って中にLCD(液晶)を仕込んだところ・・・非常に綺麗に映って画面映えしたので「完璧!素晴らしい!」と皆で感動したとか。(ヴィンテージテレビが最もクローズアップされるのは、パトリツィアが深夜の占い番組にハマっているシーンですね。)
スコット監督の前作 「All the money in the World」でもヴィンテージテレビを作ったことがあったそうですが、経験値の豊富さと、どんな条件であっても知恵を絞って全力で作り切ってしまうパワーが、
「これぞプロの仕事!」と頭が下がるエピソードです。
ロドルフォの家の撮影場所は、ミラノのVilla Necciで行われた。
撮影時はイタリアでのアウトブレイクが大変な時だったので、多くのロケ地はギリギリまで使えるかわからず、特に邸宅撮影は居住者からの許可が降りないところばかりで大変苦労したのだそうです。
そんな中、ロドルフォの家のロケ場所となったミラノにあるVilla Necci(1935年に立てられたイタリアのミシンメーカーであるネッキ家の邸宅で、現在はミュージアムになっている)は、撮影を歓迎してくれて進めやすかったとのこと。(アーサーさん曰く、話し合いが長かった割には、実際の装飾時間はそんなにくれなかったそうですが!)
この邸宅は、偉大な建築家 Piero Poraluppiによるもので、1930年代のモダンデザインであり、当時の居住者が建築に造詣が深いのを窺えるのが決め手だったとアーサーさん。
建物だけでなく家具のためにも建てられた邸宅でしたが、引き継がれていくうちに主要となる内装デザインが、”心地よい”スタイルに徐々に変わってしまっていたので、撮影時には許可をとってドレープカーテンなどを外し、モダニストスタイルを作るのに家具を入れ直したそうです。
壁はウッドパネルだったので素材を乗せやすくてイメチェンしやすく、家具は磨かれたクリーンな木製のものを選んだそうです。
スコット監督好みの当時のラショナリズム(理性主義)なスタイルが良く表現できたと思いますね、と
レティツィアさんは、ほっとしたように語っています。
NYのペントハウスシーンの撮影場所は、なんとイタリア!?
実は「ハウス・オブ・グッチ」のNYシーンも、全てイタリアで撮影されていたとのこと。
特に、グッチ夫妻のNYの自宅設定のペントハウスのロケ場所は、色々と探す中でここ以外になかったそう。
ネオクラシカルで、モダン。ペントハウス的に見せられるし、家の持ち主もアートに造詣が深く絶妙なセンスの持ち主だったので、まさに1970年代のNYのアッパーイーストのアパートそのものだったとのこと。
ここが見つからなければ、NY自宅シーンは撮影できなかったと思うと、アーサーさん。
(パトリツィアが、NYの新居のバルコニーで摩天楼をバックにポーズを取るシーンは、背景は合成ですが、このイタリアの邸宅のバルコニーでした!)
国内でもロケ地探しは大変なのに、イタリアでNYの雰囲気、コロナ禍で限られたチョイス、しかも行動制限される条件の中でピッタリを探し当てて交渉することはどんなに大変だっただろうと。
想像しただけでも気が遠くなります。
実は、パトリツィアとマウリツィオの自宅の実際のインテリアなどの写真は見ていたけれど、アーサーさんは、そのまま再現せず、より洗練させたのだとか。
”高価なのだろうけれど、派手な色使いで大胆な柄だったので”とアーサーさんは笑いながら辛口なご意見です。
NYペントハウスシーンでは、家具の半分は居住者の所持品をレンタルしたりなどできたものの、ポップアートは撮影当日の朝に届くなど綱渡りで冷や冷やものだったとか。
アーサーさん曰く、”キャンパーぐらいにランプ好き” な、スコット監督が、ピクチャーライト(壁に備え付けのライト)にもこだわり、レティシアさんがその制作に大変苦労したそうです。(映画の中のマウリツィオの後ろの白い壁の光のオブジェです。)
再現したいデザイン元から許可がなかなか降りず、10回ぐらいデザインを練り直し、もうこのランプはやめよう、と言う監督の声もあったそうですが、”いえいえ、私はこれが作りたいのです!”と押し通したとのこと。
ようやく制作の許可がおりたタイミングで猛スピードで作り上げ、撮影の前日に出来上がったものを取り付けて間に合ったのだそうです。
このピクチャーライトのオブジェは、モダンアートを引き立てる名脇役として気付く人は気づいていた効果的な装飾品として印象的です。
メインアイテムではないけれど、絶対外すことのできないサブ・アイテムの重要さがわかるだけに、
レティツィアさんがその想いを貫き通した姿勢には、深く尊敬の念を抱きました。
ディスカウント店が高級ブティックに!NYGUCCIオープニングシーンは、イタリア郊外のカジュアルな店舗を改造していた!
NYのGUCCIブティックオープンシーンは、ローマ郊外のカジュアルなファッションディスカウント店舗を改造し、かの有名なNY 5th Avenue, 55 Street を再現したのだというので驚きです!
この店舗を選んだのは、後ろにビルがあって都会に見えることと、また店舗の入り口に大きな柱(アーサーさんは、骨と言っていますが。)があった外観からの理由です。
当初店舗側は、撮影には興味を示してくれませんでしたが、”最終的にOKしてくれてラッキーだった”とアーサーさんは振り返ります。
とはいえ、店舗は実は小さく、セールの最中で服が詰め込まれている状況で、撮影用に改造するには
かなりチャレンジングなプロジェクトだったそう。
店舗改造には棚を作ったり、イルミネーションのカウンター、試着室や、ソファーなどシーンに必要なものを
運び込んだそうです。またこの店舗は、GUCCIの店舗シーン以外でも、他のエリアを使ってパトリツィアとマウリツィオの求愛シーンも作ったりなどして複数の違ったシーンをこの店舗内でロケをしたそうです。
1箇所のロケ場所で全く違うシーンも作り上げてしまうとは!もう一度見直して確認したくなりますね。
難関は、当時のNYのGUCCIのコレクションを陳列することだった!諦めていた矢先に起きた奇跡。
当初、GUCCIコーポレーションとしてこの映画に協力をするかがなかなか決まっていなかったのです、と
アーサーさんは語ります。
ミラノや、NYのGUCCIブティックのシーンで、それぞれの時代のバッグや靴などの正しいコレクションデザインをどうするか、撮影当初からの重要課題だったそう。
レティツィアさんはGUCCIの担当窓口とずっと掛け合っていましたが、なかなか返事がこなかったとか。
考えた末、ヴィンテージコレクターに直接コンタクトを取って情報を集め、品を借りたりしながら
腕の良い小物職人に再現品を作ってもらい、なんとか自分たちでショーケースが埋まるように小物作りの工夫していたところ・・・
ある日、GUCCI側から連絡があり、協力を申し出てもらえたのだとか!
“もちろんです!と答えました。やっとGUCCIがドアを開けてくれたのです。”とレティツィアさん。
大手との交渉の傍ら、コレクターひとりひとりを探し出してコンタクトし、職人さんにお願いして・・・
責任感の強さ、我慢強さ、交渉力、機転、人脈など、様々な能力をフルに活用するのが、一流のセットデコレーターなのだという、本当に心から尊敬するエピソードです。
ちなみに、ハウス・オブ・グッチでのセットデコレーターは、レティツィアさんをトップに、50人ぐらいで構成されており、コロナ禍でタイトなスケジュールの中、チーム内でDrop Box のファイルフォルダーに画像共有しながら、毎日1、2シーンを作っていたとのこと。
レティツィアさんも必ず現場に出向いて仕上がりのチェックをしていたそうです。
”仕上がったので今日はこれで帰りましょう、と私が現場を離れると、必ず何か変更があってまた戻らなくてはいけなかったのです!”と、レティツィアさんが言うと、アーサーさんは、”それがこの仕事なのですよね。慣れなくてはいけないのですが・・・”と、苦労を共にして乗り越えたお二人の正直な気持ちが伺えました。
まさに現場の声そのもので、同じ状況や思いをしているクリエイター達には、終始、共感と励ましを得るエピソードばかりでした。
以上、このインタビューの中でも、ぜひご紹介したいエピソードを選んで解説させていただきました。
一見華やかに見える仕事ほど9割は地味な作業である、ということがよくお分かりいただけたのではないでしょうか?
規模は小さいのですが、広告撮影での状況も同じだな〜と思うことが多く語られていて、私も大いにエネルギーをいただけたインタビューでした。
セットデコレーターオーガニゼーションでは、映画や海外ドラマのセットデコレーター専門サイトとして、興味深い記事やインタビューが紹介されています。
時々こちらでも解説していきたいと思いますので、映画好きな方はよろしければ、また当ブログにご訪問いただければうれしいです。
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